前回までのあらすじ
怠惰な生活を送っていた山田少年は無理やり母親に連れられて行った塾で体験授業を受けた。そこで、とても怖い先生の授業を受け、ビビりながらも出された宿題を全くやらずに1週間を過ごし、家を出る5分前に答えを丸写しするという暴挙に出たのだった…。
さて、山田少年は塾に到着し、一番後ろの空いている席に座った。
程なくして、O先生が教室に入ってきて授業が始まった。
そして、O先生がおもむろに、「それじゃあ、宿題をチェックをします」と言って、前から生徒たちの宿題をチェックし始めた。
一番前の座席には、山田少年と同じ中学校のM君が座っていた。
M君は何も言わずにうつむいていた。
O先生は何も言わずにうつむいているM君を尻目に、M君のノートをパラパラとめくった。
「宿題は?」O先生は静かにM君に問いかけた。
「やってません」M君はボソッと声を絞り出した。
「ふーん」O先生はつぶやいた。
次の瞬間、O先生は持っていたノートを振り上げると、突然持っていたノートでM君をバンバン殴り始めた。
狂ったようにという表現がぴったりだったと思う。
(今の時代は絶対にありえないことですね。(^_^;) ちなみに僕は絶対に暴力は振るわないのでご安心ください(笑)。)
山田少年はその光景を見て生まれて初めて冷や汗というものを流した。
今でも背中に流れたあの一筋の汗の感触を覚えている。
それまでの人生で味わったことのない恐怖を感じ、O先生が机に辿り着くまでの間、山田少年は生きた心地がしなかった。
というか殺されるんじゃないかと本気で思った。(これは本当に)
結局、山田少年は一回目の授業だということで鉄拳制裁は免れた。
しかし、その日から山田少年は変わった。
最初はただ怖いという理由だけで、宿題をやった。
しかし、勉強していくうちに少しずつ内容が分かるようになってきて、勉強することが楽しくなってきた。
夏休みはとにかく勉強が楽しくて苦にならず、1日15時間くらい勉強したと思う。本当に起きている間はずっと勉強していた。
今まで分からなかったことが「分かる」ようになっていくのは、本当に楽しい体験だった。
そして、授業を受ける際には「教える」ということを常に意識して聞いていた。
自分ならどのように説明するか?この次に先生がいうことは何か?どのように板書をするだろうか?そういったことを常に考えながら授業をうけていた。
この経験は今に生かされていると思う。
2学期に入り、北辰テスト(実は山田少年は埼玉県出身なのです。当時は学校で受けていました。ちなみに5月の3科の北辰の偏差値は50ありませんでした…)の偏差値も9月で64、10月で66、11月で68、12月で70と上がっていき、1月のテストで偏差値74を出して、ついに学年1位をとった。わからない問題はなかった。
その間にあった中間では5位、期末では1位をとることが出来た。
(ちなみに、以前この話を生徒にしたことがあったのですが、「ここにいちゃいけない人のような気がする…。」と言われてしまいました (ーー;)。まあ、世の中にはもっとすごい人がたくさんいるんですけどね。)
なぜ山田少年はここまで成績を上げることが出来たのか?
答えは明白だ。
要するに、山田少年は今まで本気で何かをしたことがなかったのだ。
本気で何かをしなければ、当然自分のポテンシャルに気付けるわけがない。
人間、実際に何かをやってみて初めて自分が出来ることや苦手なこと、そして改善点が見えてくる。
そこで自己を再発見し、意識を変えることが出来る。
しかし、なかなか自分一人で「本気」を出すのは難しい。
だったら、強制的に「本気」になれる環境に身を置けば良い。
ということで、ホームページには「本気」や「真剣」と謳っておりますが、本気で何かをやるというのは楽しいものですよ。
暴力をふるったりすることはないのでご安心ください(笑)。
タイトルにある「私が塾講師になった理由」は、
誰でも本気でやれば出来るようになるのか?それとも僕が特別だったのか?
が知りたかったから、(これは半分Yesで半分Noですね)
そして、
自分が味わった「分からなかったことが分かる喜び」を他の人にも味わってほしい
と強く感じていたからです。
(決して、自分の成功体験を他人に押し付けるつもりではありませんが…)
教えることの楽しさに目覚めた私は、ずっとこの仕事を続けているという訳です。
(実は、一旦この業界から離れたことがあるのですが、それはまた別の機会で…)
というわけで、長々と書かれた拙い文章を読んで頂き、ありがとうございます。m(_ _)m
実際には、そんなにムチャクチャなことはしないので(笑)、ぜひお気軽にお問い合わせ下さい。
お待ちしております。
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