かなりテンションが上がりました。
少し前に、小学4年生で数検1級に合格した子がいたというニュースが流れたのは知っていた。
ただ、そのニュースに関してあまり深く調べることはなかった。
(それ以前の最年少記録保持者である高橋君に関しては、youtube などで動画を見たりしたことはあった。本棚に『高校への数学』の『図形のエッセンス』があって、その時もちょっとテンションが上がったりしてはいた)
私が登録しているヨビノリさんの動画がお薦めに出てきていたので、何ともなしに見てみたのだが、この少年はただ天才だというだけでなく非常にバランスの取れたお子さんなのだということが分かった。
…で、動画だけでなくnote という記事を読んでみたのだが、その中で非常に納得がいったというか、さもありなんと思ったことが書かれていたので紹介しておく。☟
以下引用
普段、学校の授業中はどうしているの?
と聞くと、意外にも、算数の授業でも「ちゃんと聞いている」らしい。そして、その内容を頭の中で勝手に拡張して遊んでいるという。例えば、「この問題は、線の長さではなく面積にしたらどうなるのだろう」といった感じだ。おそろしい・・・。
引用終わり
こういう授業の聞き方って、賢い子に共通だと思います。
勿論、この少年は本物の天才であり(しかも、ひょっとしたら歴史に名を残すレベルの)、次元が違い過ぎて自分とは関係のない話だと思う方もいらっしゃるかもしれない。
しかし、程度の違いこそあれ、根底に流れている精神には共通するものがあると思います。
授業の聞き方は勿論のこと、問題集を解くときに答えがあっているから満足、あまつさえ、数題の問題が解けたからその単元は理解したなどという発想は絶対に出てこないのである。
以前、歴史は教科書を読みこむのが一番の勉強法だと書いた。☟
その理由は単純で、
教科書には本文だけでなく写真や図表など必要なことが全て過不足なく書いてあり、自分で幾らでも問題を作り放題だからなのである。
よく、「この問題集、超詳しい問題まで載ってるからイイ!」というセリフを吐く人間がいるのだが、
(勿論、逆に超簡単な問題集のほうがイイ!という人もいるが…)
それなら、教科書に全部載ってるんだから教科書が一番イイじゃん。問題も作り放題だし。
とツッコミを入れたくなってしまうのである。
寧ろ、資料集や用語集など、「情報を拡張できるツール」をもっと活用すべきである。
正直、中学校の教科書は平易な言葉で非常にわかりやすく書いてあるので、普通の読解力があれば読みこなせる筈である。
(まあ、「普通」の定義にもよりますが…☟ )
この話の流れからお分かりいただけるとは思うが、中学生の段階から、一問一答的な問題集に手を出すのはあまりお勧めできない。
少なくとも大学入試を見据えているならば尚更である。
情報量が少なすぎる。
訳の分からないギブスをはめて、自ら伸びしろを潰してしまっているようなものだ。
授業を聞くにせよ、教科書を読むにせよ、
「自分ならどのような問題を作るか?」
「ひっかけポイントは何にするか?」
「いくつの観点を解答要素として盛り込むか?」
といったことを考えながら、頭の中で自由に「問題演習」を行うのは楽しいことだ。
そういった観点を持っているかが色んな意味での分かれ道になるのであろう。
(重ね重ね述べておきますが、程度の違いはあります。念のため)
授業の聞き方に関しては、こちらの記事もどうぞ。☟
上記のブログに書いたことも、「拡張して聞く」という発想が根底にあると思います。
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